第七話<十楽寺>

文章・絵:SHIZUMU(OpenDesign) 制作:OpenDesign


紙芝居:さか松の由来1

『昔々のお話です。あれは確か、四十二歳のお大師さんがこの地を巡錫(じゅんしゃく)していたときのこと』
「なにこれ! なんでイキナリ紙芝居とか始まってんの!?」
『ある朝、お大師さんは大きな家の前に立って托鉢をしていました。すると、程なくして若い女が出てきて丁寧に供養を捧げました』
「あれ、俺の疑問無視!? てか、空海えらい男前やな!」
『お大師さんは供養を受けた後、霊場建立の地を求めて旅立ちました。そして……まあいろいろあって、薬師如来を感得するに至ったのです』
「いろいろ端折りすぎじゃね!?」
『薬師如来を感得したお大師さんは、その御姿を彫造することにしました。それと時を同じくして、近くの村に住む青年猟師が、あろうことかお大師さんを猪と見間違えて矢を放ってしまったのです。まったく、何をどうすれば人間と猪を見間違えるというのでしょう。小一時間問い質してやりたいところですが、それはさておき、獲物を仕留めたと思った猟師は、意気揚揚に駆け寄ってきました。しかし、そこには猪ではなくお大師さんの姿がありました。猟師は見るや否や、血相を変えて平に謝罪をしたのでした』
「ちょっ、土下座する猟師の顔が俺んなっとるやん。え、ワザと!?」


紙芝居:さか松の由来2

『そんな猟師の態度に、心の広いお大師さんは爽やかな笑みを向け『顔をお上げなさい。この通り、松の枝が庇ってくれたおかげで私は事なきを得ました。これもみな、仏天の加護によるもの云々』と、広い心で許したのでした』
「大事なことなので二回言いましたばりに心の広さを主張せんでも!」
『また、猟師は病気で立つことのできない老いた父に猪の肝を飲ませたかったのだと言いました。そこで、心が広く寛大で慈善心に富んだお大師さんは、猟師の父親の加持をしてあげることにしました。流石、お大師さんですね』
「どんだけ主張する気だよっ!」
『猟師に案内されて向かった先は、今朝托鉢をした大きな家でした。そして、供養を捧げたあの若い女は猟師の許嫁だったのです。しかし、父親の病が気がかりで祝言をあげれずにいるのだと猟師は言いました。お大師さんは早速病人の加持を終えると、『人は貪・瞋・痴(とん・じん・ち)三毒の罪によって病気の元を生むのです。まず家族が私利私欲を離れて懺悔し、供養の心を起こしなさい』と説法しました。供養とは、第一に信心の心を起すことで、次に人のため、世のために自分を惜しむ事なく提供することなのです』
「お、今度は真面目っぽい」
『その夜は、お大師さんはこの家に泊まり、朝まで家族の相談をうけてあげました。翌朝、お大師さんの出発に際し、家族が見送ろうとしたときのことです』
「うんうん」

紙芝居:さか松の由来3

『なんということでしょう。足腰の立たなかったはずの父親が立ち上がったのです』
「立っ……え!? なにそのハッスルっぷり。家族ドン引きやん」
『家族の喜びは一方ならず、お大師さんはこれを縁として、この地に霊場を築くことに決めました。これが後の六番札所となるわけです。そしてこのとき、お大師さんは矢で折れた松を厄除けの記念の松にしようと考えました。お大師さんは、折れた松の根を上に穂を土の中に埋めて植え替えると、「もしこの松に芽が出て栄えることがあれば、末世の者、この地を踏むことによって悪事災難を遁(のが)れるでしょう」と言いました』

「『果たして、逆さに植えた松から芽が出て栄え『六番のさか松』と世に言い伝えられることになったのです』――というのが『さか松』にまつわる言い伝えなのだが。どうだ、儂のお手製紙芝居は。よく分かっただろう?」
 たいさんが紙芝居の端をトントンと整えながら言った。そうか、その紙芝居たいさんの手作りだったのか……!
「しかし、少年よ。おぬしツッコミが激しすぎるぞ」
「あはは。恵は最初から最後までツッコミっ放しやったもんね」
 たいさんの隣であゆみが笑った。


たらいうどん

 ここは第七番札所十楽寺の向かいにあるうどん屋だ。お寺に行く前に朝食をとろうと立ち寄ることにしたのだ。
 そして看板メニューの「たらいうどん」なるものを注文した。程なくして文字通りタライに入ったうどんが運ばれてきた。朝食には少々ボリュームがある気がするが、まあ気にしない。
「たいさんの紙芝居……もぐもぐ、すごく分かりやすかったけど……ごっくん。何でその話になったんやっけ?」
 あゆみが言う。
 うどんを「もぐもぐ」食べると形容するのは、何とも不思議な気分だ。うどんはすすって食え。いや、それ以前に口に物を入れたまま喋るなと叱るのが正解か。
 ふと、あゆみと目が合った。
「あれ。恵、おうどん食べんの? のびちゃうよ」
「ん、ああ」
 箸をつけようとした矢先、たいさんが例の突っ込みどころ満載な紙芝居を始めたのだ。おかげで俺は食べるタイミングを逃してしまった。
 落ち着いていざ食べようと思った頃には、うどんはすっかりのびてしまっていた。くそぅ。

***


安楽寺/庭園:癒安

「何者!」
 癒安(ゆあん)の声で我に返る。
 隣を見ると癒安がたいさんを抱えて立っていた。そして、さっきまでたいさんが居た場所には、一本の矢が刺さった桶――癒安が持っていたものだ――が転がっていた。
 えっと、たいさんを狙って矢が飛んできて、それを癒安が桶で受けて尚且つたいさんを掴んで俺の隣に戻ってきた……ということなのか?
 いまいち状況が飲み込めないまま、癒安の視線を追うように庭園の奥を見据えた。
 木々の隙間に、小さな影が動いた気がした。
「そこに居るのは分かっています! 姿をお見せなさい!」
 癒安が再び叫ぶ。おっとりした人だと思っていたが、実はそうでもないらしい。いや、超行動的な人だった。
 相手が姿を見せないことにしびれを切らしたのか、癒安は手に持っていたものを躊躇することなく投げつけたのだ。――って、ちょっと待て。手に持っていたものって!
「なななっ、何投げてるのさ!」
「きゃー! 恵ちゃんのオトモダチ投げちゃった!」
 慌てたところで後の祭り。
 たいさんは「たわけ者おぉぉぉぉぉ」と轟かせながら宙を舞い、暗闇へと溶けていった。
 そして、水しぶきの上がる音が聞こえた。
「あ、池に落ちたね。ふぅ、下が固い地面じゃなくてよかったよかった」
「癒安さん、癒安さん。安心するにはまだ早いみたいですよ」
 胸をなでおろす癒安に俺は水を差す。
「たいさん、溺れとるで」
 耳を澄ませば、助けを求めるたいさんの声が途切れ途切れに聞こえる。時折り「こいが! こいが!」と意味不明な言葉を叫んでいた。よく分からないが、急いで助けたほうがよさそうだ。
「もう、なんて手のかかるタヌキさんかしら」
「あんたが投げたせいやん!」
 思わずあんた呼ばわりしてしまった俺に、癒安は一瞬目を丸くしたが、すぐに微笑んで答えた。
「ふふ、恵ちゃんってツッコミ激しいね」
「……」
 そんなどうでもいい会話を交わしながら、たいさんの元へと走った。
「おーい。たいさん、大丈夫――うわっ」
「あらら。君のオトモダチ、大変なことになってるね……」
 たいさんに無数の鯉が集(たか)って大きな団子ができている。正直、気持ち悪い。
 なるほど、謎の叫び声は「鯉が!」だったのか。
 とりあえず無事救出完了。
「はっ」
 そして何かを思い出す。
 今更感が漂う中、俺と癒安は庭園の奥を仰ぎ見た。
「たいさんに矢を放ったあいつは……もういるわけないか」
 案の定、そこには何の気配もなかった。

***

 のびきったうどんをすすりながら、昨夜のことを思い返す。
 そうそう。あのとき、矢を防いだ癒安に対し、たいさんが「流石『さか松』の化身よ」みたいなことを言っていて――八八さんである癒安が、容姿を形作るための拠り所としてるのが『さか松』であるので、化身と言うと語弊があるらしいが――そこから「『さか松』って何?」という話しに流れたのだ。まさか紙芝居が始まるとは思っていなかったけれど。
「それで、たいさんを狙った影の正体は、結局分からんままなん?」
 あゆみの問いに、俺は頷く。
「暗くてよく見えんかったし。ただ、あの影の大きさは子どもだと思う」
「ふむー、そっか。兎に角、たいさんが狙われたのは確かなんよね。一体、誰が何の目的で……」
 うむむ、と腕を組むあゆみ。
「なあ、たいさん。自分が狙われるんに心当たりとかあるん?」
「あると言えばあるかもしれんし、無いと言えば無いのかもしれん」
 ……なんじゃそりゃ。
「ねえねえ、淡桜(あわざくら)さんなら何か分からんかな?」
「そうだな……」と答えて気付く。
「そいや、八八さんたちは?」
 そういえば、朝から八八さんの姿を誰一人見ていない。どうりで静かなわけだ。
「みんな自分のお寺で休むって。何かね、古文書を通じて分身を送るのも体力がいるみたい」
「へえ」
 ああ、それで頻繁に出てきたり消えたりを繰り返していたのか。
「それに、雨が好きじゃないって言よったし」
 あゆみはそう言いながら、窓の外を眺めた。昨日から降りしきる雨は、まだ止みそうにない。
「さて」
 気持ちを切り替えるようにあゆみが言った。
「今考えても仕方がないけん、とりあえず巡礼を続けよう」
「そうだな」


十楽寺/山門

 光明山(こうみょうざん)蓮華院(れんげいん)十楽寺(じゅうらくじ)。
 寺伝によれば、弘法大師空海がこの地に逗留したときに阿弥陀如来を感得し、楠にその像を刻み本尊として祀ったとされる。
 当初は現在地から北に三キロメートルほど離れた十楽寺谷の堂ヶ原に堂宇を建立したものと推定されている。創建からしばらくは、阿波の北方きっての広大な七堂伽藍を誇っていたが、天正十年(1528年)長宗我部元親による兵火ですべての堂塔が焼失、しかし本尊のみは時の住職が背負って逃げたため難を免れたという。そして、寛永十二年(1635年)に現在地で再建された。
「ここで一つ知識を与えてやろう」
「たいさん、なになに?」
「ここの山号と寺号は、『人々が八つの苦難から離れ、光明に輝く十の楽しみが得られるように』との意味が込められているのだ」
「へー」
 ちなみに、八つの苦難とは生・老・病・死・愛別離・怨憎会・求不得・五陰盛で、人間として避けることのできないものだ。その苦難から離れ、極楽浄土へ至ると十種の喜び、すなわち十楽が得られるのだという。
「十楽とは具体的にこんなもんだぞ」
 たいさんはどこからか紙切れを取り出して示した。そこには次のように書かれている。
  『十楽:極楽浄土で味わえる十種の喜び
   一、聖衆来迎(しょうじゅらいごう)
   二、蓮華初開(れんげしょかい)
   三、身相神通(しんそうじんづう)
   四、五妙境界(ごみょうきょうかい)
   五、快楽不退(けらくふたい)
   六、引接結縁(いんじょうけちえん)
   七、聖衆倶会(しょうじゅくえ)
   八、見仏聞法(けんぶつもんぽう)
   九、随心供仏(ずいしんくぶつ)
   十、増進仏道(ぞうしんぶつどう)』
「ふむ。これのそれぞれの意味は?」
「それぞれの意味…………気になるなら、ググれば良いぞ」
 ……タヌキがググるとか言うなし。


十楽寺/本堂&水子地蔵・中門・治眼疾目救歳地蔵

 竜宮城を連想させる山門を入ると前に水子地蔵が並んでいる。左側の石段を上ると「遍照殿」の額がかけられた中門があり、さらに奥へ入ると本堂がある。
 本堂前に来て俺は足を止めた。
「あそこの祠に人が集まってるけど、何なんやろ」
 本堂の左前を指差して言った。
「あれは『治眼疾目救歳地蔵』やね」
「古くから眼病、失明した人たちの治療に霊験があって、眼病に悩むお遍路さんがたくさん参詣に来るのだ。開眼したという人も多く伝わっているぞ」
「お地蔵様の名前が『救済』じゃなくて『救歳』ってなってるのは、歳に関係なくどんな人でもって願いが込められてるんやって」
「ふーん」
 たいさんも何気に博識だった。あゆみとたいさんに挟まれて、両方向から説明を受けることに。
「ところで娘よ」
 たいさんがあゆみに言った。
「さっきから落ち着かない様子だが、どうしたというのだ?」
 言われてみれば、あゆみにしては珍しくソワソワキョロキョロしているような。
「えっ! あ、うー……」
 たいさんに言われて戸惑うあゆみ。明らかに様子がおかしい。
「え、えっとね、ここって愛染明王(あいぜんみょうおう) さまが祀られとるやろ。それで縁結びや恋愛成就で有名なんよ」
 そう言いながら少し照れる。
「でねでね、このお寺に恋占い専門の凄腕の占い師さんがおって、本当に運が良ければ出会えるって女の子の間では噂になっとるんよ」
 噂では燃えるような真っ赤な長髪で、これまた真っ赤な衣装を身につけ、頭には獅子を象った冠をかぶっているらしい。そして何よりの特徴が額にある第三の眼。その姿から愛染明王の現身と言われているそうだ。
「ふーん……」
「古今東西、女子(おなご)は占いやら恋愛やらが好きだな……」
「えー! 二人とも、なにその反応!」
 だって女子やないし。
 兎も角、八八さんを探すついでに占い師も探すこととなった。


十楽寺/愛染堂&中門・愛染明王・恋成たらいうどん

 本堂と大師堂のお参りをすませてから、俺たちは中門まで戻った。
 門の上層が愛染堂になっており、中には愛染明王が祀られている。まず探すのであればここだろう。
 柱の裏側にある扉から中に入る。階段を上るとすぐに愛染明王を祀る部屋に行きついた。
「へえ、本当に全身真っ赤な明王さまなんや」
 愛染明王。
 愛欲貧染の煩悩がそのままあることを悟らせる明王で、縁結びの本尊である。その体は真赤で、燃える太陽の大慈悲を表し、目が三つあるのは、三界「あらゆる世界」を見通すことを示している。
 愛染明王の前に、ピンク色の箸袋が入ったタライを見つけた。何だこれ。
 タライの横に注意書きがある。
「なになに……『恋成たらいうどん』専用の箸袋を入れるためのタライです。箸袋以外は入れないようお願いします……って、何だ??」
 ますます分からん。
 注意書きの下に、『詳しくは「恋成たらいうどんホームページ」をご覧ください』の文字。ここは文明の力に頼るしかないようだ。
 携帯を取り出して検索開始。
「恵、何しよるん? 恋成たらいうどん?」
 あゆみとたいさんも覗き込む。
 まず、「たらいうどん」とは徳島県北東部の土成地区の郷土料理であり、うどんをゆで汁ごと大きなタライにあげ、ネギやしょうがなどの薬味を入れたつけ汁につけて食べる。つけ汁の出汁には川魚(じんぞく)が使われていたが、現在じんぞくを使っている店舗は少ないという。
 そして、このたらいうどんの中に運命の赤い糸に見立てたピンクのうどんが一本入ったものが「恋成たらいうどん」。恋成たらいうどんを店で注文するとピンクの箸袋がもらえ、これを第七番札所十楽寺の愛染明王に奉納すると御利益があるのだとか。
「へぇ、面白いね」
 あゆみは興味深そうに携帯と箸袋の入ったタライを見ている。
 俺はというと、タライの中の箸袋ばかりに目がいっていた。一つだけニョッキとタライから飛び出しているのが気になって仕方がない。誰だ、こんな自己主張バリバリの折り方をしたヤツは。


謎の扉

「さて、そろそろ場所を移すか」
「そうやね。ここにはもう探す場所残ってないもんね」
 門の中なのでそれほど広くはない。あゆみは少しがっかりした様子で、俺の提案に頷いた。
「二人とも、待つがいい」
 階段を降りようとしたところを、たいさんが呼び止めた。
「こんなところに扉があるのだが」
「扉?」
 振り返って、たいさんが指し示す壁を見る。
「あれ、扉なんかあったっけ」
 建物の構造から考えると到底ありえない位置だが、そこには確かに扉があった。
 黒い扉には小さなプレートが埋め込まれていて、そこには『羅紗の部屋』と書かれていた。
「らしゃ……のへや?」
 見るからに怪しい扉。これはもう開けるしかないだろう。
 扉の取っ手に触れた瞬間、光線が走った。


羅紗

 目の前には白い空間が広がっている。
 その中心でうずくまる赤い人影が体を起こした。
「ん~? なぁに、お客さまなのぉ?」
 三つの瞳が俺たちに向けられる。
 赤い衣に、踵まで届く真紅の髪。その頭には獅子の冠――って、えらいファンシーな飾りですね!
「久々の貢物だと思ったのにぃ。おむすび一個だけなんてヒドイと思うの」
 不意に意味の分からないことを口走る赤い人。
「ちょ、それ俺のやん! 何勝手に人の物をとってヒドイとか言ってんの!?」
 ここに来る前に立ち寄ったうどん屋で、おむすびの接待を受けたのだ。食べ切れずに鞄に入れておいたそれを、なぜか赤い人が手に持っている。
「何で怒ってるのか分かんないだけどぉ。っていうかぁ、君、占いに来たんだよね? 扉の張り紙、ちゃんと読んでくれたのかなぁ?」
「扉?」
 促されるまま扉を確認する。なるほど、『羅紗の部屋』プレートの下に『占いの対価として食べ物を捧げること』と注意書きが貼られていた。って、見えるか!こんな小さい字!
「それとぉ『羅紗』の読み方は『らしゃ』じゃなくて『らーしゃ』なのよね。そこのところヨロシクぅ」
 赤い人――羅紗は気怠そうに伸びをした。
 そして姿勢を正すと真っ直ぐ俺を見据えて言った。
「で? 君は何を占ってほしいのかな?」
「いや、俺は占ってもらうために来たんじゃないけど」
 違う違うと、手を振って否定する。
「え~。じゃあ君、何しに来たのかなぁ」
 羅紗は正した姿勢をまた崩す。だけど、すぐに居直して言った。
「――あ。先に言っておくけどぉ、一度渡された食べ物は返品不可だから」
 真剣な顔して何を言い出すかと思えば。
「まあ、別に構わんよ」
 その言葉に、羅紗がピタリと動きを止める。
「……なんだよ、その顔は」
「え、ウソ。本当にいいの? タダでくれるの? うわー、ちょっと感動かもー」
「いいよ。おむすび一個ぐらい」
 羅紗は心底嬉しそうに目を輝かせる。終いには両手を合わせて拝まれてしまった。
 しかし……いい加減面倒臭くなってきたぞ。この人の相手するの。
「羅紗さん! あたしは是非占ってほしいんやけど」
 ナイスだあゆみ!ちょうどいいタイミングであゆみが話に参加してくれた。
「あ、でも食べ物がないんよね……飴じゃいかんよね?」
 白衣の袖をまさぐりながら、渡せそうな物がないことに気付いて消沈するあゆみ。
「いいよぉ。私、女の子には優しいの」
「わーい」
「……羅紗よ。おぬし、結界の守り人でありながら何をしておるのだ」
 更なる会話の参入者。たいさんだ。
「ん? ってことは、羅紗さんって八八なの?」
 たいさんの言葉にあゆみは目をしばたかせる。
 たいさんは少し声を強めて続けた。
「八八たるものが占い師の真似事とは。あまつさえヒトに物品を強要するとは何事だ」
「ん~でもぉ、誰かさんがご飯を運んでくれないから自力で調達しなきゃダメだしぃ」
「む……」
 あ。たいさんが黙ってしまった。
「で、何でタヌキさんがそんなこと知ってるのぉ?」
 羅紗は訝しげに目を細める。
「……」
「…………」
「…………………………」
 気まずい沈黙が流れる。
「あー、あのね。あたしたち、八八さんも探しとったんよ。占い師さんと八八さんが同じ人やっていうの知らんかったけん、びっくりしたんよ」
 あゆみが取り繕うように笑ってみせる。気配り上手な良い子だ。
 羅紗は興味を持ったらしくあゆみの方を向いた。
「ふぅん。結界の守り人としての私を探してたなんて、変な子~」
「実はね――」
 あゆみは今までの経緯と八八さんへのお願い事を手短に話した。
「――ということなの」
「だいたい事情は把握したかも。協力してあげてもいいよぉ」
「ほんと? ありがとう!」
「姉妹に会えるの楽しそうだしぃ」
 早速お札を書いてもらい、古文書へ重ねる。
 こうして古文書の地図に七つ目の光が灯った。


古文書:七番札所目

「えっと、なんかまったりしよるけど、これで目的は達成したんよね?」
「うん。そうだね」
「じゃあ早く次の札所に行こうや」
 俺は早くこの部屋を出るように促した。
 なんとも言えない弛緩した空気が気持ち悪い。この真っ白い空間のせいなのか、羅紗の口調のせいなのかは分からないけれど。
「あ、ダメ。あたし占ってもらってないもん」
「縁結んだし、占いならいつでもしてあげるよぉ」
「そっか。それもそうだね」とあゆみは納得したようだ。
 あゆみ、たいさんが部屋を出る。
 最後に俺が出ようとしたとき、背後から羅紗の声が聞こえた。
「君も占ってほしかったら、いつでも呼んでくれて構わないよぉ」
「いや、俺はいいし」
 占いそのものにあんまり興味ないし、まして恋愛なんて。
「ふぅん。君が中指にしてる指輪――」
 羅紗の言葉に思わず足が止まる。
「それを君にくれた人――そう、君が八年近く想いを寄せている人だよね」
「なっ」
 振り返ると羅紗の妖美な笑みが目に入った。
「その人との再会が近い将来に見える、って言っても君は興味のないフリをするのかなぁ?」
「何を勝手な――」
 ことを言っているんだ、と口を開いた瞬間、激しい足音とともに見知った人影が流れ込んできた。
 勢い勇んで飛び込んできたのはあゆみとたいさん。
「えー、なになに! 指輪がどうしたん? 恵の想い人って!?」
「ほほう、少年の初恋の相手とな」
「お前ら!? 先に降りたんじゃなかったのかっ!」
 しかも、しっかり話の内容聞いてるし。
「ごめんねぇ。この白い空間、防音機能がないから筒抜けなんだぁ」
「!?」
「まぁ、嘘だけどぉ」
「嘘かよ!?」
 あゆみとたいさんの後ろから姿を現したのは淡桜、二葉、龍泉の三人組。
「騒がしいわね。それにしても八年だなんて……あんた、見た目によらず純真だったのね」
「恵さんも案外隅に置けないですね。くすくす」
「ふむ。今頃の若者にしては珍しいが、悪くない」
「ちょっ、人数増えとるし!」
 さらにその後ろ、黒鐘、蔵杏羅、癒安が姿を現した。
「ふん、女子みたいに騒いじゃって」
「リンちゃん、そんな言い方ダメだよ。恋するって素敵なことなんだよっ」
「あらあら、若いっていいわね」
「あんたらまで!?」
 まさかの全員集合だ。
「お姉ちゃんたち、お久しぶりぃ」
 呑気に挨拶を交わす羅紗。
「なんかぁ、みんな出てきたしぃ、折角だから恋バナでもするー?」
「なにその提案!?」
「さんせー!」
「てか、賛成するなし!」
「それじゃぁ、トップバッターは黒一点(?)の君からで。みんな拍手~」
「勝手に進めるなと! 拍手やめろおぉぉおぉ!!!」

――真っ白い部屋にいろいろな色が混ざり合う。
 そんな混沌とした空間に俺の声がいつまでもこだました。

全員集合

つづく


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