第十話<切幡寺>
文章・絵:SHIZUMU(OpenDesign) 制作:OpenDesign
「俺、巡礼やめるわ」
七月二十三日。
巡礼を始めて二日目、第九番札所の法輪寺(ほうりんじ)に着いたところで、幸野恵がそんなことを口にした。
なぜ、恵は突然「巡礼をやめる」なんて言い出したのだろう。
あたしや八八さん姉妹から距離を置いて一人で佇(たたず)んでいる恵の背中。それを眺めながら、あたしは考えていた。
旧友と出会ってお喋りをしていた僅か数十分の間に、何があったのかは分からない。
だけど、恵の元クラスメイトという“わたなべ”何とかって名乗ったあの人が、何かしらの鍵を握っていることは間違いないはずだ。
あの人が恵に何て言ったかは知らんけど……こんなことなら、あの場所を離れんかったらよかった。
あたしは心の中で舌打ちした。
実際、あのとき何となく嫌な予感がしていたのだ。
だから直ぐに二人のもとへ戻ろうとしたのに。
「――あのう」
あたしが恵の姿を見つけて声をかけようとした矢先、すぐ真後ろから何者かが自分を呼んでいるのが聞こえた。
遠慮がちな物言い。その声には聞き覚えがあった。
まさかと思いつつ、おそるおそる後ろを振り返る。
そして、そこには想像していた通り白くてニョロンと細長い生き物が――って、あれ?なんか形がおかしい気がするんだけど。
胴体が丸々と膨れた姿。その白ヘビの口からは茶色い縞々の尻尾が。
「――~~~~!?」
声にならない悲鳴が口から出た。
それから暫くの間、あたしには一切の記憶がない。
気がついたときには、側らに白ヘビとたいさんが目を回して転がっていた。
「どうしよう……」
我に返ったあたしは、どうしようもなく狼狽(うろた)えた。
だって、目の前には苦手なヘビ。
いつまでもこんな場所にはいたくない。でも、あたしがここを離れると、たいさんがまたヘビに食べられてしまうかもしれない。
そして、たいさんを連れて離れるという選択肢は、あたしの中にはなかった。なぜなら、たいさんの身体はヘビの唾液でベトベトなんやもん……!
そんな葛藤をしている間に、白ヘビが目を覚ました。
しまった、たいさんを見捨ててでも逃げるべきだった。そう思ったところで、もう遅い。
白ヘビがあたしに話しかける。
「これはこれは。またしても粗相をしてしまいました。美味しそうな食材が目の前を通り過ぎて行くもので、つい」
申し訳ないと、白ヘビはペコリと頭を下げた。何気に食材認定されているたいさん、哀れ。
「う、ううん。そんな謝らんでも……ヘビさんなんやし、呑み込んでしまうんは仕方がないと思うけん、その、なんていうか……」
しどろもどろになりながら答えるあたし。要約すると「謝罪はいいから、さっさといなくなってほしい」である。
そんな心情を汲み取ってもらえることもなく、白ヘビはそこから動こうとせず言葉を続けた。
「察するところ、貴方は私の言葉を理解してくれているご様子。そんな貴方なら、きっとあの人の姿も見えることでしょう。お願いです、私の友達を助けてください!」
「……お友達?」
正直、関わりたくないのだけど。
助けてって言われたら、このまま放って去るわけにもいかない。
「あたしにできることなら……」
「ありがとうございます!」
そして、白ヘビに連れられて向かった先で出会ったのが、このお寺の八八さんである巳空(みそら)さんだったというわけだ。
例のごとく半年前から力の供給が止まって、空腹のために倒れたのだという。
それで、売店で売られていた「九番名物くさもち」をあげたのだが、彼女はそれを丸呑みするように平らげて、あっという間に元気取り戻した。
めでたしめでたし。
――とまあ、そんなことがあって。
再び恵のところに戻ったときには、恵とその旧友は何やら真剣な顔で話し込んでて、とてもじゃないが割って入れる雰囲気ではなかった。
それでも。
やはりあの場にいて、話を聞いていればよかった。
そうすれば、恵が巡礼をやめようと思った理由がわかったかもしれないのに。
「別に、二日目とか三日目に『やめたい』って言い出すヒトは珍しくないわ」
「淡桜さん……」
あたしの背中をポンッと叩いて話しかけてきたのは八八さん長女の淡桜だった。
「ろくに準備もせずに歩き始めたヒトが、筋肉痛が辛くて歩く意欲を失くすって話もよく聞くわよ。その時期が、巡礼を始めて二、三日目なんだって」
淡桜は「ま、ヒトのことなんて知らないけど」と付け加えた。
四国八十八箇所を巡拝するお遍路さんの人数は年間二十万人から三十万人と言われている。
そのうち「歩き遍路」は一パーセントほど。
千四百キロメートルの道程を、一日に三十キロメートル歩いても約四十日かかる。
そんな長い距離を歩いていると、「やめようか続けようか」と迷いが頭をよぎることも一度や二度ではない。
そして、人が遍路を始めるのにそれぞれ理由があるように、やめるのにもまた違った理由があるわけで。
「……恵がやめたい理由って何なんかな」
「さあ。でもまぁ、本人がやめたいって言ってるんだから、やめてもいいんじゃない」
淡桜は、あっさりそんなことを口にした。
【発心】を司る第一番札所の八八さんらしからぬ台詞。少し、冷たいと思った。
ちなみに【発心】とは「物事を始めようと思い立つこと」を意味する。だからそれを司る淡桜は、本質としてヒトにやる気を与える存在でなければならないのに。
「あいつ、あんたが手伝ってって言ったから取り敢えずついてきたみたいなことを言ってたけど、そんなヤツが歩き続けられるわけないじゃない。遅かれ早かれ、やめることになってるわ」
「でも……」
考えがまとまらず、それ以上の言葉が出なかった。
ただ、あたしは恵がやめると言った理由が知りたい。
そして、巡礼を続けてもらいたい。――いや、続けてくれないと、困る。
「――ったく。だからってここで突っ立ってても仕方がないじゃない」
あたしが黙っていると、淡桜は呆れたように溜め息をついた。そして苛立ちを含んだ声で言った。
「ああもう! 私は、あんたたちの『どっちか』が結界のために動いてくれれば文句はないの。だけど二人じゃなきゃ駄目だって言うんだったら、無理矢理でもあいつを歩かせるわ!」
淡桜はそう宣言すると、ずかずかと恵の方へと向かっていった。
「あっ……でも……」
恵には巡礼を続けてほしい。でも、無理矢理というのは気が引ける。
その声が聞こえたのか、不意に淡桜の歩みが止まった。
「あいつってさ、何かをするのに理由が必要だと思ってるの」
一瞬、何のことだろうと思った。
「だから、やめたいって言った理由を考えるより、続けてもらうための理由を探した方がいいと思うけど?」
淡桜はそれだけ言い残して行ってしまった。
それから数分後。
あたしたちは法輪寺を後にした。
淡桜が恵を説得した結果、取り敢えず『遍路ころがし』を過ぎた第十二番札所の焼山寺(しょうさんじ)までは一緒に行動することとなった。
『ふーん。あんたは「遍路ころがし」って呼ばれるくらい険しくて人里離れた山道を、女の子一人に歩かせるんだ』
その言葉が決め手になったようだ。
恵は言い返すことができずに、渋々承諾してくれた。そして、続けるかどうかは、焼山寺に辿りつくまでの道中で考えると言った。
「あゆみ~ん」
「ふわぁぁあ!?」
誰かの指があたしの背中をツーッと滑った。ぞわりと全身が粟立って、思わず変な声が出てしまった。
「あゆみんも恵くんも無言だからつまんないにゃぁ」
犯人は熊羽八(ゆうや)だ。
またしてもあだ名がつけられていて、恥ずかしいような嬉しいような。
「もう、びっくりしたやん。背中ツーはいかんけんね!」
あたしが怒ってみせると熊羽八は「にゃはは」と笑った。
その肩越しから、後ろを歩く恵が見えた。少し離れているので、その表情までは分からなかったけれど。
あたしの視線の方向に気づいた熊羽八が顔を覗き込んでくる。
「恵くんがやめるの反対?」
「うん。恵には巡礼を続けてほしいと思うんよ。でも、どうすれば続けてくれるんかな」
「うーん。でもそれって、結局は恵くん自身が決めることにゃ」
「そうやね……」
あたしは小さく頷いて口をつぐんだ。
「にゃー! そこで黙っちゃダメー!」
熊羽八は「喋って喋って」と催促する。そんなこと言われても、せめて話題を提供してほしい。
「熊羽八よ、黙って歩くのもまた一興なんだぞ」
助け船を出すように、たいさんがぽよよんと身体を弾ませた。
「黙ってただひたすら歩くのだ。そして己の心に問いかけ、己の心の声を聞く。これこそ遍路の醍醐味だぞ」
「ちなみに」と、たいさんは話を続ける。
「物事がもっている本当のおもしろさ」を意味する「醍醐味」という言葉。
実はこれ、元は仏教用語なのだ。
「醍醐(だいご)」とは牛や羊の乳を精製した濃厚で甘みのある液汁で、今でいうチーズのようなもの。仏教では乳を精製する過程の五段階を「五味」と言い、「乳(にゅう)」「酪(らく)」「生酥(しようそ)」「熟酥(じゅくそ)」「醍醐」の順に上質で美味なものになるとされた。
醍醐は最高の味であるところから、「醍醐のような最上の教え」として仏陀の教法に喩えられ、それが転じ、醍醐味は「本当の面白さ」や「神髄」を意味するようになったのだという。
「たいさん、すごーい。物知りやね」
「にゃはははは! 『己の心に』だって! タヌキっぽいのがカッコいいこと言ってるにゃ!」
素直に感心して聞き入るあたし。
その隣でお腹を抱えて爆笑する熊羽八。
「熊羽八、大声で笑いすぎ」
「何? 何? すっごい楽しそうだねっ!」
熊羽八の笑い声に引き寄せられて、黒鐘(くろかね)と蔵杏羅(くあら)が姿を現した。
他の八八さんたちも出てきて、あっという間にたいさんの周りには人垣ができた。
八八さん大集合の状況が気になったのか、人垣の中には恵の姿もあった。
「なんだ、みんな出てきたのか。そんなに儂の話が聞きたいとみえる」
たいさんは満更でもない顔つきで、どこからか画用紙を取り出した。
「仕方がない、儂お手製の紙芝居でも聞かせてやろう」
画用紙の一枚目には『機織娘即身仏物語』と書かれていた。
今まさに向かおうとしている第十番札所の切幡寺にまつわる伝説らしいのだが、果たして……?
『昔々のお話です。お大師さんが修行をしていたときのこと』
「また登場したな、美坊主・空海……」
紙芝居が始まった途端にすかさず突っ込みを入れる恵。流石やね!
『激しい修行で着物を破ってしまったお大師さん。その僧衣のほころびを縫うために、とある機織の娘に継ぎ布を求めました』
「ふむふむ。お大師さんの着物の破れ具合が異常だと思うけど、そこは追及するのやめとくわ」
『すると、娘は織りかけの布を惜しげもなく切りさいて差し出したのです。これに感激したお大師さんが娘の願いを聞くと、「父母の供養のため千手観音を彫ってほしい」と言うのです』
「鉈で織り機ごと真っ二つかよ……そりゃあ、お大師さんもびっくりだ」
棒読み口調の恵。たいさんは恵の突っ込みには反応せずに読み進める。
『そこでお大師さんは、千手観世音菩薩像を刻んで娘を得度させ、灌頂を授けました』
するとどうなったのでしょうか。たいさんは紙芝居をめくる。
『なんということでしょう。娘はたちまち即身成仏して千手観音の姿になったのです』
「!?」
「――とまぁ、こんなことがあって、お大師さんはこのことを嵯峨天皇に伝えたのだ。そして、勅願によって堂宇を建立することになるのだが、これが切幡寺というわけだ」
得度山(とくどざん)灌頂院(かんじょういん)切幡寺(きりはたじ)。
この山号や寺号は、全て機織の娘の故事に由来するものである。
たいさんは紙芝居を片付けながら補足した。
「おっと、話をしている間に切幡寺に着いたぞ」
「え、本当?」
一斉に前方へ目をやる一同。坂道を上った先に「得度山」の号が書かれた山門が姿を現した。
「わぁい、やっと到着だね」
時計を確認すると、時刻は十六時半をまわったところだった。納経所が閉まるのは十七時。よかった、間に合った。
「……あれ?」
真っ先に門をくぐった熊羽八が不思議そうに首を傾げる。
「お寺の建物が見当たらにゃい……」
その言葉を聞いて、あたしははっとした。そして『四国八十八箇所霊場マップ』と題された本を取り出して確認する。
そうだ、切幡寺って――
「切幡寺の本堂は山麓から約八百メートルあって、そこに辿りつくには三百三十三段の石段を上らないと駄目だぞ」
たいさんがしれっと言い放つ。
その話を聞いて、羅紗(らーしゃ)が唐突に口を開いた。
「えっとぉ、私、急に急用を思い出しちゃったかも?」
言葉がかぶってるよ、羅紗さん。
「うちも自分のお寺に帰らなきゃ」
「じゃあ、吾(われ)も」
羅紗に続いて次々と姿を消す八八さんたち。よほど階段を歩きたくないようだ。実際は浮かんでるから歩いてないのにね。
「みんなおらんなったね」
「うむ。軟弱者め」
その場に残されたのは、あたしとたいさんだけ。
「あれ、恵は? 恵までおらんなっとるよ」
あたしは焦って辺りを見回した。
たいさんの話を聞いて、恵まで歩くのが嫌になったのかもしれない。
だけど、そんなあたしの心配はよそに、坂道を少し上った先に恵の姿はあった。
「どうかしたん? 早く行かんと納経所閉まるんやろ?」
「うん、すぐ行くー」
一言返して、あたしは恵の背中を追いかけた。
「……まだ続くのかよ、この階段」
先を歩いていたはずの恵が、いつの間にかあたしの後ろにいて愚痴をこぼしている。
「ほれほれ、速度が落ちておるぞ。早く納経所に行くのではなかったのか」
「うるせー。足が痛くて重くて進めないんだよ!」
肩で息をする恵を、たいさんがからかって遊んでいる。
「さっき擦れ違ったおばさんが『もうちょいやけん頑張りい』って言よったよ。きっともうすぐ到着するよ」
「おー。……その台詞、四回目だけどな」
恵が大きく溜め息を吐いた。
「あたしの金剛杖使う? あ、ショルダーバッグ持とうか?」
「遠慮しとく……」
手を差し出すあたしに恵は首を横に振る。
「それより、お前元気やな……」
「うん。だって毎日山の中を歩いてたもん」
伊達に四国の中心の山奥に住んでいるわけじゃないけんね。
そういえば。ドイツ館で荷物を送ろうとしたとき、伝票の住所欄に「四国の中心」って書いて散々馬鹿呼ばわりされたことを思い出した。むぅ。
階段はまだ続いている。
「恵、ふらふらしてるよ? やっぱりバッグ持つから貸して」
「いいよ。てか、前見て歩け」
転んでも知らんぞと、恵は言う。
「大丈夫、大丈夫。転んだりしな――っ!?」
しないよと答えようとして、見事に足を滑らせるあたし。
「ああもう、言ったそばから。ほら」
そう言って手を差し出してくれた。
「ぅぅ、ありがとう……」
手をとって立ち上がろうとしたとき、乾いた音が聞こえた。
恵もそれに気がついたようで、怪訝そうな顔をする。
「今、布が裂けた音がしなかったか?」
「……」
あたしは無言のまま自分のスカートの裾に目をやる。
「ああああ! スカートが裂けてるよ!」
見れば、石階段の隙間から針金のようなものが突き出ている。それに引っ掻けてしまったのだ。
「危ないな。引っ掻けたのはスカートだけ? 怪我はしてないか?」
恵はそう言いながら針金を引き抜いて、先が引っ掛からないように丸めてから階段脇に捨てた。
「うん、怪我は大丈夫。でも、スカートどうしよう……うわぁ、結構派手に破れてる。あ、恵とたいさんはちょっと離れててくれると嬉しいかな。このままじゃスカートの中が見えちゃいそう」
「お、おう」
恵は慌てたように視線を泳がせる。少し顔が赤くなってるのがおかしかった。
「それでは、儂らは先に行っておるぞ」
恵とたいさんを見送ってから、改めてスカートの裂け目を確かめる。
さて、本当にどうしよう。着替えのスカートを持ってこなかったのは失敗だった。
せめて継ぎ接ぎできそうな布があればいいけど、そう都合よく手に入るわけないし。
屈みこんでスカートの裾をいじっていると、フッと視界が暗くなった。
反射的に顔を上げる。
目の前には、淡桜さんサイズの小柄な女の子が立っていた。
一体どこから現れたのだろう。
「……」
女の子は無言であたしを見下ろしている。
あたしも黙ったまま女の子の顔を見ていたが、ふとその手元に視線を移した。
そして、物騒なモノを見てしまった。
女の子の手には、彼女の等身の半分はあるだろう大きな鋏が握られている。
大きな凶器を持った女の子に見下ろされている状況。なにこれ。
「……」
無言のままの女の子が動いた。
やられる!?
あたしは怖くなって目を閉じた。が、何も起こらない。勿論、危害を加えられる気配もなかった。
ただ、耳に鋏の刃と刃がぶつかる音が聞こえている。
チョキン、チョキン。
「……?」
あたしは目を開けて女の子を見た。
女の子は自分の服の装飾――腰のあたりから巻かれた反物が何本もぶら下がっている――の一部を大きな鋏で切り取っていた。
何をしているのか分からない。
ただ黙って様子を見ていると、女の子は切り取った布切れを丁寧に折りたたんであたしの足元にそっと置いた。
そして、やはり無言のまま立ち去ろうとした。
「あ、待って。この布で繕えってことなん……?」
あたしは布を拾い上げると、女の子の背中に向かって話しかけた。
女の子は振り返って、面食らったようにあたしの顔を見る。
「……あなた」
「ん?」
女の子が口を開いた。声が小さくて少し聞きづらい。
「あなた、やっぱり私の姿が視えてたのね」
女の子の言葉はあたしに向けてではなく、自分自身に言い聞かせているようだった。
そして。次の瞬間、女の子の表情が変わった。
「キャー! あなた、私の姿が見えるのね!? もしかして、空(くう)さまのお使いに来たの? そうでしょ!?」
何と言うか、キャラまで変わった。
「え、えっと、空さまって?」
あたしは女の子に気圧されながら、取り敢えず質問してみる。
「空さまは空さまよ。俗名は眞魚(まお)さまで、弘法大師の諡号(しごう)で呼ばれることもあるわ」
「あ、お大師さんのことやね」
「そうよ! ……ってその感じじゃ空さまのお使いじゃないみたいね」
女の子の表情が一気に冷めていく。
「あーあ、半年振りに空さまからの贈り物かと思ってテンション上がったのに。喜んで損した」
「むぅ、何か分かんないけどゴメン……」
「あ、ううん。私が勝手に勘違いしただけだから気にしないで。逆に驚かせてごめんなさい」
女の子はそう言うと「それじゃ」と軽く挨拶をして踵を返した。
「あ、あの」
あたしは女の子を呼び止めて言った。
「布、ありがとう。すごく助かったけん」
女の子はにっこりと笑うと、そのまま姿を消した。
「びっくりしたけど、良い人みたいだったな」
一人で呟く。
「はっ。そういえば、さっきの子って切幡寺の八八さんじゃなかったんやろか」
気づくのが遅すぎた。
でも、また会えるよね。
そう言い聞かせて、あたしはスカートの裾を繕うのだった。
つづく
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